2017年08月20日

道しるべ・・・最終回

私の人生に大きく影響した人達・・・最終回
これまで紹介した他にも・・・私が家出離婚した時に、お金に
困る事を心配してくれた和声・対位法の先生は、月謝無用と
「あなたは、いつか大輪の花を咲かせる人だから頑張って続けなさい」
と、言って下さった。
夜逃げ同然に、ボロアパートに移り住んだ翌日、日用品などを
届けてくれた友が何人も。
また、遠くからエプロン持参で駆け付けてくれた友も居る。
今だって、多くの仲間達に支えられて、感謝するばかり♫
けれど、やはり、1番は、この人・・・母。
父の居ない家庭は貧乏だ。
母は、私が寂しがり屋なので、外に出ず、内職一筋で家計を支えたので
必要な物も買えないほど貧乏だった。
けれど、母の愛だけは、それ以上に偉大だったから、私は
自分が幸せだと感じながら、温かい思いの中で育つ事ができた。
中学生の頃「尊敬する人は?」とクラスで発表する時も
迷わず「母です!」と即答したほど、母のような人になりたい
と思いながら過ごして来た。
私は、母に叱られた記憶が無い。
近所の人にも母は「みち子は、いつもニコニコして素直で
いい子だ」と自慢していた。
お年頃になっても、門限も無く、全て自由にさせてくれるので
「どうして文句を言わないの?」と聞いたら・・・
「みち子の事は100%信用できるように育ててあるから
自分が思うように、やりたいようにして、いいんだよ。
ただし、自分の事は自分で責任を持ちなさいね」と。
私は、自由と信頼と責任を同時に与えられた事を感謝した。
また、母の期待に応えたいとも思った。
母は、どんな時も、一切、口出しせずに、ただただ黙って
私を見ていてくれた。
私の全てを、あるがままに受け入れ、愛してくれた。
その思いが、激動を歩んだ私を支えてくれたと思う。
母の凛とした生き方は、そのまま、息子達にも受け継がれ
全ての人に愛されながら、母は見事に、老いる事、逝く事を
私に示してくれた。
母が元気な頃、そして、意識が無くなった時にも・・・
母の娘に生まれた事を最高の幸せに思い、誇りを持ち
感謝している・・・と伝えることが出来たのは、自分のために
本当に良かったと思っている。
母は最高のお手本だった。
言いかえれば、私を作ったのは母だ・・・と言っても良いぐらいに。
最大の感謝を、母に捧げよう。
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2017年08月19日

ホームパーティー

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今日は、半年ごとのホームパーティー発表会。
演奏しながら飲んだり食べたり、おしゃべりも♫
今回は、欠席者が多いのが寂しかったけれど、初参加の人も
居て、ビンゴ大会も大盛り上がり♫
ウクレレ、キーボード、ギター、エレクトーンと
みなさん様々な楽器を演奏してくれたけれど・・・
私は、いつものようにエレクトーン演奏を披露。
実は、今月末、バージョンアップするので、この機種での
演奏は、最後だな~。
冬のパーティーで弾きたい曲は、すでに物色済み。
更にエレクトーンが楽しみになるけど、ギターが疎かに
ならないよう楽しみつつ頑張ろう♫
みなさん、ありがとうございました!
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2017年08月18日

道しるべ7

私の人生に大きく影響した人達7・・・エルマンノ・ボッティリエーリさん

29年のブランク後、ギターを再開し、その1年後に初出場した
全国アマチュアギターコンクールの審査をしてらしたのが
エルマンノさん。
後日、主宰者の志田氏から「あなたは、エルマンノさんに
教わるべき」と強く勧められ、レッスンを受け始めた。
なるほど・・・彼の教え方は、私にピッタリだった。
「音楽は全て楽譜から読み取りなさい。
CDなど他の人の演奏を聞いては、いけない。
自分が、この曲をこう表現したいと言うのがハッキリと
決まった後で、参考に聞くなら構わないけど、決まる前に
聞くと、影響されて自分の音楽を作れなくなるから」と
言う事だった。
実際のレッスンでも、私が、どう表現したいのか?を最優先させて
任せてくれたので、私は自分を自由に表現する事ができた。
彼は、ギターを弾く事では無く、音楽を教えてくれた。
その後、イタリアに戻られたので、私は他の先生を探したけれど
彼のような先生は、見つからないまま、今に至っている。
けれど、私が楽譜を出すようになってから、エルマンノさんは
ご自分が教授しているイタリアのコンセルバトワールの
テキストとして、私の全ての本を使ってくれてて・・・
それが生徒達に人気との事でモイスイコス・ギター
フェスティバルに、毎年、呼んでくれるようになった。
そこで開催されるマスタークラスは全て聴講しているけれど
エルマンノさんのレッスンは素晴らしく、音楽の本場で
受け継がれたものを強く感じ、その深さ広さに、毎回、驚く。
こんなに尊敬できる人と、一緒に活動して行ける事に、大きな
幸せと喜びを感じている♫
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2017年08月17日

道しるべ6

私の人生に大きく影響した人達6・・・菅原潤氏

ギター曲をいくつか書き溜めた頃、それを世に出したいと言う
思いが芽生えて、当時、ホマドリームの社長だった菅原潤氏の
所に、楽譜を持ち込んだら、彼は、あからさまに嫌な顔をした。
「困るんだよな~。そう言うのが多くて。
でも変な物は出せないんだよ・・・こっちも商売だから
信用が、あるからね?」と言いつつも・・・
「ま、せっかくだから見るだけは見てあげるよ」と
言いながら、初見で全ての曲を、ご自分で弾いてくれて
「これなら出しましょう!よく書けている!」
と即決して下さった。
曲集「プリンセス・ピンクのお庭」と言うシリーズのタイトルは
潤さんが考えて下さったものだ。
それ以来、とても可愛がって下さって、私のインタビュー記事を
ギタードリームに載せて下さったり、応援してくれてた。
あんなに豪快な方も珍しいけれど、闘病生活の末、急逝されたのは
大きなショックだった。
でも、彼のお陰で、世界が大きく広がった。
ホマドリームから8冊、現代ギターから3冊・・・
カワイ出版からは、今現在、3冊目が出版準備中だ。
潤さんも私の人生を大きく左右した人の1人として感謝している。
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2017年08月16日

道しるべ5

私の人生に大きく影響した人達5・・・村井秀清氏

和声などを学びたくて、コードプログレッションを学び終え、
続けて、似たようなクラスに入った・・・つもりで
間違えてジャズアドリブのレッスンに入ってしまった。
ジャズは嫌いで避けて来た道なのに。
12人のクラスで私は落ちこぼれ。
でも、その時の先生が「いつかは、できるようになりたいなら
熱意を持って続けることだよ」と言ってくれて、11年も在籍。
その結果、やはり自分にはジャズは向かないと見切りを付けて
辞めちゃた。
けど、1年も経たない内に、アドリブしたくて、今度は
ジャズオルガンじゃなくてジャズピアノに手を出した。
そうして出逢ったのが村井秀清さん。
この先生とは何でも話し合えて、失礼ながら親友みたいな
気持ちで、思いのままに話した。
今はテレビ番組や映画音楽の売れっ子作曲家として活躍中で
忙しくなりすぎたお陰で、レッスンは続行できなくなって
空中分解した感じで終了。
しかし、レッスン時に、先生が「今度、こんな曲作ったんだけど
聞いてくれる?」と言いながら弾くピアノを間近に聞けるのは
めっちゃ贅沢な至福の時間だった。
私はレッスンでは、ほとんどピアノを練習して行かず
自作曲ばかり披露してたら、ある日「椎野さんは作曲家に
向いてるよ。どうせならギターの曲を書いたらどう?」と言われ
ギター曲を作り始めたのが、今の私になる切っ掛けになった。
この村井秀清さんも、私が生涯の師匠と決めた人だ。
と~っても素敵な曲を作る方なので、みなさんも、どこかで
名前を見かけたら、応援して下さいね♫
http://www.ne.jp/asahi/shusei/infinite/
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2017年08月15日

道しるべ4

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私の人生に大きく影響した人達4・・・松田昌さん

エレクトーンの神様と言われてる大師匠だ。
初めて聞いたエレクトーンのコンサートが、松田昌さんの
ステージで、魂が震えるのを感じた。
以来、彼に教わることが目標になった。
だからオーディションを受けて、彼のレッスンを受けられる
と決まった時は、踊りながら目黒の坂を登ってた。
17年間、エレクトーンや編曲など教わったけれど
一番、学んだのは、音楽と共に・・・生き方だったと思う。
昌さんの大きさ深さは、想像すらできないほど。
心底から音楽を愛し、その中でしか生きられないタイプだ。
昌さんとの思い出は尽きないけれど、一言に集約すると
「最高の敬愛」かな。
音大の教授しながら路上パフォーマンスも楽しむ自然な
生き方も素晴らしい。
ただただ音楽する事が楽しくて仕方ないって思いが全て
って感じなのよね。
あれだけ熱意を持って頑張っていたエレクトーンからギターへ
思いが移った頃、昌さんから「あなたは、もうギターの方向に
行った方がいいと思う。
その代わり、卒業記念に一緒にライブしよう」と言ってくれて
バックインタウンで師弟ライブをやってくれた。
これは最高のステージ・・・一生の思い出♫
昌さんに背中を押される形で、私はギターの世界に戻った。
卒業してもなお、昌さんは、生涯の師匠だ♫
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2017年08月14日

道しるべ3

私の人生に大きく影響した人達3・・・元夫
母の口癖の一つに「人の心を動かせるものは、人の心でしか
無い」と言うのがあった。
けれど、嫁ぎ先の同居の姑は「金で買えない人の心は無い」
と豪語する人だった。
姑には、「子供を可愛いと思った事は1度も無い」と言う
口癖もあった。
そんな姑には、その口癖に相応しい人達が集まってたから
違うタイプの私は、姑から見れば厄介な存在だったかも?
私の結婚は最初から間違いだった。
けれど、夫は、少々強引ながらも、私を徳島から横浜まで
引っ張り出してくれた。
徳島での私は、とても幸せだったから、徳島に不満が
あった訳では無い。
けれど、何かを学ぶには、都会だ・・・と思っていた。
自力で飛び出す勇気が無かった私に、都会に出るチャンスを
くれた人である事は確かだ。
波乱の結婚生活だったけれど、その中でも、夫の目を盗み
私が音楽を勉強する事ができたのは、都会だったからだ。
素晴らしい先生とも出逢えた。
苦しい事は確かに多過ぎたけれど、書くのは辞めよう。
困難の中で過ごした長い年月があったからこそ、私は
音楽への熱意を育てられたかも知れない。
28年と言う長いトンネルのような日々が、今の私の
エネルギーになってる気もする。
乗り越えれば全ては良い事。
乗り越えられなかったら悪い経験なのだと思う。
良い経験にするのも悪い経験にするのも自分次第って事だ。
徳島で幸せな結婚してたら、やはり今の私は居ない気がする。
家庭を守るだけで満足して、細々と趣味で音楽してるかも?
そう思うと、彼のお陰で、私は都会に来て、今がある。
やはり感謝すべき人だと・・・やっと思えるようになった。
今は・・・彼が幸せで居てくれるといいな~と願っている♫
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2017年08月13日

道しるべ2

私の人生に大きく影響した人達2・・・大磯和生先生
物ごころ付いた頃には、環境とは全く関係なく、私の中では
音楽と生きて行く事が決まっていた。
他の道は考えられないほど強い決定だった。
ピアノに憧れてたけど、貧乏ゆえ言い出す事もできず
6年生の時、クズ鉄拾いなどで稼いだお金を握り締めて
楽器屋に行くと、買えるのはギターか?ピアニカの2者選択。
何となくギターを選び、独学でスタートした。
中学生になった頃には、楽譜さえ見れば何でも弾けると
言う自信を持ったものの、まだ、その先がある事は判るのに
どうすれば進めるのか?が判らなかった。
独学では、超えられない壁を感じて、高校1年の時
大磯和生教室の門を叩いた。
しかし、1ヶ月目で、月謝を払えない事に気付き、事情を
話して「辞める」と言うと、先生は「月謝は要らないから
おいで」と言って下さり、以後7年間、一度も月謝を
受け取らずに教えてくれた。
楽譜の多くは、先生から借りたのを手書きで写した。
当時はコピーと言う便利なものが、まだ無かった。
バイトできるようになっても「そんなお金があるなら
良いギターを買いなさい」と・・・。
そんな先生への恩返しは、練習して巧くなる事しか無いと
思って頑張った。
習い始めて間もなく、初めてギャラを頂けるコンサートに
出して下さって、高校を卒業と同時に、教室を1か所
任された。
お金に困っていた私への配慮が嬉しかった。
だから、私が、結婚のため、徳島を出る時、ギターから離れることは
先生の期待を裏切るような後ろめたさを感じた。
けれど、その後も、先生は何とか楽譜を送って下さって・・・
今でも足を向けて寝られない思いだ。
この先生に出逢わなかったら、今の私は居なかった。
まさにターニングポイントの感謝すべき人♫
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2017年08月12日

道しるべ1

ふと振り返ると、ターニングポイントとも
思えるほど、私に影響した人達が居る。
その中から7人の事を何回かに分けて書いて見ようと思う。
私の人生に大きく影響した人達1・・・父。
生涯、結婚しなかった母はシングルマザー。
今風に言えばカッコイイけど、時代を考えると、偏見の目も多く
経済的にも心理的にも苦労の連続だったと思う。
妾を持つのは男の甲斐性なんてのが通った時代だ。
父との縁は薄く、ほとんど記憶が無い。
初めての記憶は、私が幼稚園の頃、やって来て「東京の
土産だ」と言って、ピンクのワンピースを着せて、初めて
膝の上に乗せてくれたので、と~っても緊張して、体重が
かからないように中腰だったのを覚えている。
その後、音信不通になり、私は父に見捨てられた感を持ち
父を憎むようになったので、良い思い出は、それだけ。
しかし、後々、私が臨死体験すると言う大病で、意識朦朧と
した中で、現実とも夢とも区別付かない感じで、誰か男の人が
やって来て「自分が病気を持って行ってあげよう」と言って
身代わりのように亡くなった。
ふと気づけば、私の病状は快方に向かい、少しずつ楽に。
後で知ったけれど、同じ頃、父が亡くなっていたそうだ。
ただの偶然だろうけれど、不思議な体験に思えた。
今、振り返ると・・・父への憧れ、幸せな思い出のイメージで
ピンク狂いに走ったのかも?と、後付けだけれど、そう思っている。
しかし、私の子供時代は、常に温かい幸せで満たされた物だった。
それは、最終回で、お話ししよう♫
posted by Princess Pink at 20:28| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年08月11日

聞いて無い!

今日は、なんで息子達がゴロゴロ?
と思ったら、何と祝日だそうだ!
8月は祝日なしと思ってたのに・・・
「山の日」だとか???
いつから、そんな日が決まったんだろう???
みなさん、ご存じでした?
posted by Princess Pink at 19:23| Comment(4) | 日記 | 更新情報をチェックする