2018年07月01日

思い出

私は物ごころ付いた頃には「音楽と生きて行く」と
自分の中で動かしようが無い事実として決まっていた。
しかし環境は、ピアノは勿論、楽器も無く、習うお金も
無い極貧生活だった。
私は毎日のように、近所の幼稚園に忍び込んでは、オルガンを
弾いて遊んでたけれど、しょっちゅう摘まみだされて、母の
所に文句を言いに来られた。
その度に母は頭を下げてたけれど、私は叱られた記憶が無い。
きっと母は、私の音楽への思いを理解して、それを実現
してあげられない事を自分の力不足と思ってたんだと思う。
学校へ通うようになると、本物のピアノの鍵盤サイズを
計って来て、原寸大の鍵盤を画用紙に描いて机に貼り付けて
毎日、練習していた。
弟と一緒にクズ鉄拾いをしては、小遣い稼ぎして、6年生の時
貯めたお金を握り締めて、楽器屋に行くと、買えるのは
ギターかピアニカだけだった。
大好きな鍵盤を選ぶならピアニカ・・・しかし物足りない気がした。
店員さんの勧めもあり、2000円のフォークギターを買った。
習う資金は無いので独学だけど、音譜さえあれば何でも弾いた。
高校1年の時、独学では、超えられない壁を感じて、初めて
ギター教室の門を叩いた。
先生「何か弾けますか?」私「楽譜さえあれば何でも弾けます」
バッハのパルティータのフーガの楽譜を見せられたので
初見でノーミスで弾いた・・・つもりだった。
先生は何も言わずに、同じ曲を弾いてくれて「あ~私は
今まで何をして来たんだろう?」と思った。
しかし1ヶ月目から月謝が払えない事に気づき、先生に話すと
「月謝は要らないから、おいで」と言って下さりレッスン開始。
身に付けた変な癖を直すのに1年ほどかかった。
でも、習い始めた数カ月後から、ギャラが貰えるコンサートに
出してくれたり、高校を卒業と同時に、教室を1か所任されて
貧しかった私に稼がせてくれた。
結婚するまでは、音楽が私の青春だった。
その間、母は、私の全てのコンサートを聞きに来てくれたし
何も言わずに全身全霊で応援してくれてるのを感じた。
結婚と同時に音楽を捨てさせられ、死んだような生活。
28年後、バツイチになって生活との戦い。
その頃、母から1通の手紙・・・
「みち子には、音楽で、やって行って欲しい。
あんなに好きで頑張って来たんだから」と。
そして今、音楽三昧の生活を楽しむ私が居る♫
自分を見捨てずに生きて来れたのは、母の無上の愛のお陰と
感謝している。
母は私が見て欲しい私の姿を何も言わずに見ていてくれた。
そして私の才能を信じ、熱意の後押ししてくれた。
もしかしたら今、息子達も母と同じような思いで、私を
好きにさせてくれてるのかな~?
音楽仲間始め、私は良い人ばかりと出逢えて幸せ♫
こうして音楽の中で生きられる事に、心から感謝。
ありがとうございます!!!
posted by Princess Pink at 10:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする